浦和地方裁判所 平成4年(ワ)110号 判決 1999年3月01日
原告
甲田一郎
右訴訟代理人弁護士
海老原夕美
同
中山福二
同
新穂正俊
同
牧野丘
被告
埼玉県
右代表者知事
土屋義彦
右訴訟代理人弁護士
鍜治勉
右訴訟復代理人弁護士
梅園秀之
主文
一 被告は、原告についての「学力検査の際特に配慮を要する生徒の障害等の状況の記録について」(越養第一六三八号平成三年三月二二日)と題する書面のうち「療育手帳 みどりの手帳(精神薄弱)」の部分の記載を抹消せよ。
二 被告は、原告に対し、金二〇万円及びこれに対する平成四年三月一七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、これを五分し、その一を被告の負担とし、その余は、原告の負担とする。
五 この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた請求
一 請求の趣旨
1 被告は、原告についての「学力検査の際特に配慮を要する生徒の障害等の状況の記録について」(越養第一六三八号平成三年三月二二日)と題する書面のうち、別紙一記載の「ア 障害の状況の記録」、「イ 中学校として平常の学校生活において配慮している措置」、「ウ 学力検査に当って配慮してほしい措置」、「エ 高等学校の学校生活において留意してほしい事項」及び「オ その他必要な事項」の各欄の記述を抹消せよ。
2 被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成四年三月一七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、被告の負担とする。
4 第2項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 本案前の答弁
本件訴えの第1項を却下する。
2 本案に対する答弁
(一) 原告の請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は、原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告の埼玉県立浦和高等学校定時制の入学者選抜学力検査
(一) 原告は、昭和四一年七月一八日、父増田行男、母明子の長男として出生した。現在、原告には、脳性麻痺による両上肢機能障害・移動機能障害がある。
(二) 原告は、昭和四八年四月に東京都立北養護学校小学部に入学した。昭和五三年四月、埼玉県立越谷養護学校(以下「越谷養護学校」という。)の開校に伴って同校の小学部五年に転入し、昭和五九年一〇月一三日、同校高等部を退学した。
(三) 原告は、平成三年三月一八日、埼玉県立浦和高等学校定時制(以下「浦和高校定時制」という。)への入学を希望して、同校の特別選考による入学者選抜学力検査(以下「本件受検」という。)に出願した。本件受験は、出身学校である越谷養護学校の調査書(成績証明書)、原告本人作成の志願理由書及び浦和高校定時制での面接の各評定を資料として総合的に判定するとされており、学力検査は行われないものである。
原告は、同月二五日、浦和高校定時制での面接に臨んだが、同月二七日、定員の範囲内にあったにもかかわらず、他の一名とともに不合格とされた。
2 本件文書の作成
(一) 埼玉県では、教育委員会教育長名で各中学校、高校及び養護学校などの校長にあて、「平成三年度埼玉県公立高等学校入学者選抜について」と題する通知(以下「本件通知」という。)を発している。本件通知によれば「障害のある生徒の入学者選抜に当たっての基本的な考え方」として、「障害があることにより、不利益な取扱いをすることがないように留意する。」とされ、「公立高等学校への出願を希望しており、かつ障害があるため、学力検査の際及び高等学校入学後に配慮を要すると考える生徒」の出身中学校長や養護学校長に対しては、事前に「ア 障害の状況の記録、イ 中学校として平常の学校生活において配慮している措置、ウ 学力検査に当たって配慮してほしい措置、エ 高等学校の学校生活において留意してほしい事項、オ その他必要な事項」(以下「本件記載事項」という。)につき書面を整え、「志願先高等学校に出向き高等学校長に、あらかじめその事情を説明する」とされている(以下、右事情説明を「事前協議」という。)。
原告の出身学校長である越谷養護学校長山本泰生(以下「山本校長」という。)は、浦和高校定時制の特別選考入学者選抜に原告が出願するに際して、右通知に基づき、本件記載事項を記載した「学力検査の際特に配慮を要する生徒の障害の状況等の記録について」と題する書面(以下「本件文書」という。)を整え、浦和高校定時制の学校長(以下「定時制学校長」という。)に提出し、平成三年三月二二日、山本校長と浦和高校定時制校長との間において、事前協議が行われたが、この場で、本件文書が協議の資料とされた。
(二) 本件文書の本件記載事項である「ア 障害の状況の記録」、「イ 中学校として平常の学校生活において配慮している措置」、「ウ 学力検査に当って配慮してほしい措置」、「エ 高等学校の学校生活において留意してほしい事項」及び「オ その他必要な事項」の各記述は、別紙一記載(以下、本件文書の各欄の記述をそれぞれ「本件記載部分ア」、「本件記載部分イ」等という。)のとおりである。
3 情報抹消請求権
(一) 現代社会においては、多種多様かつ膨大な個人情報が、国や地方公共団体によって収集管理されているが、当該情報を収集管理された個人が、その情報を知り、訂正ないし抹消を求めるなど自己に関する情報をコントロールする権利は、憲法二一条の保障する「知る権利」を実質的に担保するためのものであるとともに、憲法一三条の定める幸福追求権を構成するプライバシー権の一内容として認められるものである。
よって、行政の保有する文書中に、事実に反する情報や誤った評価が記載されている場合、当該個人は、文書を保有する行政に対し、当該記述の訂正もしくは抹消を請求することができる。特に、その記述が障害者に対する差別を包含し、障害者の教育を受ける権利を侵害することを目的とするものである場合には、権利侵害を受けている個人は、当該文書を保有する行政に対し、当然その抹消を請求できると解すべきである。
(二) 本件文書の記載内容
(1) 本件文書のうち、本件記載部分アには、「療育手帳 みどりの手帳(精神薄弱)」との記載があるが、原告は、いわゆる精神薄弱ではなく、みどりの手帳の交付を受けていないので、本件文書のうち「療育手帳 みどりの手帳(精神薄弱)」との記載は、事実に反し、誤りである。
(2) また、本件文書のうち「療育手帳 みどりの手帳(精神薄弱)」を除くその余の本件各記載は、原告の障害につき偏見と誤解に満ちた差別表現により、原告の障害をことさら強調して、原告の受検や入学後の学校生活が困難であり、設備や介助のため多大な費用を要するかのごとく記載されており、受検先である浦和高校定時制の学校長に対して原告の受入れが困難であるとの予断を抱かせ、誤解を招くことが明らかな記載となっている。
(三) 本件文書作成の目的の違法
憲法二六条は、すべての国民に能力に応じて等しく教育を受ける権利を保障し、これを受けて教育基本法三条一項も、すべての国民は等しくその能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないと定めているところ、障害を有する者であっても、国民として社会生活上あらゆる場面で一人の人格の主体として尊重され、健常者となんら異なることなく学習し発達する権利が保障されているものである。
事前協議は、障害者のこのような教育を受ける権利が侵害されないようにすることを目的として規定されたものであり、本件文書は、障害のある生徒の高校入学者選抜に当たり、障害を理由に不利益な取扱いがされないために、障害者の利益に資するように記載されなければならないものである。
しかるに、本件文書は、本来の目的に反して、原告の障害を強調し、本件受検や入学後の学校生活が困難であって、介助や施設設備の改善に多大な経費負担を要するかのごとき内容となっており、受験先に原告の不合格を勧めるような記載がされていることからすると、本件文書は、障害を有する原告を差別して浦和高校定時制への入学を妨げ、原告の教育を受ける権利を侵害することを目的として作成されたものである。
(四) 以上のとおり、本件文書には、事実に反する情報や原告の障害につき偏見と誤解に満ちた差別表現により原告の障害をことさら強調して、定時制学校長に対し、原告の受け入れが困難であるとの予断を生じさせるような誤った評価が記載されている上、本件文書は、原告の教育を受ける権利を侵害することを目的として作成されているから、本件記載部分は、全体として誤った記載であって、原告に関する情報全体について抹消されるべきである。
4 慰藉料請求権
(一) 山本校長の不法行為、
本件受検の際に用いられるという本件文書の性質からすると、本件文書には、当然に正確な事実が記載されなければならないところ、前述のとおり、本件文書は、山本校長が、原告の浦和高校定時制への入学を妨げるという目的で、事実と異なる事項及び誤った評価をそれぞれ記載しており、それ自体違法な行為であるが、山本校長による本件文書の作成手続には、さらに、次の違法がある。
すなわち、正確な事実を記載しなければならないという本件文書の性質及び本件文書は原告の不利益にならないように作成されなければならないとされていることからすると、山本校長は、原告の出身学校の責任者として、本件文書を作成するに際しては、原告に対する十分な事情聴取等を行って、事実を正確に調査・確認するとともに、原告の志望理由や意欲等を本件文書にできる限り反映させる等、原告が障害を有するが故に不利益な扱いを受けないようにする義務があった。しかし、同校長は、浦和高校定時制に入学したいという原告の意欲等を十分確かめなかったばかりか、本人の現在の障害等の状況を確認することを怠り、原告の越谷養護学校在学中の生徒指導要録を漫然と、しかも、一部誤って転記して本件文書を作成した。本件文書の作成過程において、本人である原告に対して、自己の障害状況等の記載につき、意見を述べる等の機会を与えず、また、障害のあることによって不利益な取り扱いを受けないように原告及び関係者から十分事情を聴取するなどの措置をとっていないことからすると、本件文書の作成手続には違法が存する。
以上より、山本校長は、原告の教育を受ける権利を侵害する目的で故意に、本来とるべき原告に対する事情聴取等の手続を怠ったまま漫然と本件文書に虚偽の事実及び誤った評価を記載したのであるから、山本校長の本件文書作成行為は、いずれにしても違法である。
(二) 定時制学校長の不法行為
浦和高校定時制入学の合否は、前記のとおり調査書、志願理由書及び面接の結果等によって、決せられなければならないところ、定時制学校長は、原告の調査書、志願理由書及び面接に何ら問題がなかったにもかかわらず、職員会議において、本来合否の判定資料とはならない本件文書を含む事前協議資料をもとに種々討議した結果、最終的に本件文書に原告が知的障害があるという記載等がされているが故に入学は困難であると判断して原告を不合格とした。定時制学校長の右行為は、原告の教育を受ける権利を侵害するものであり、違法である。
(三) 原告は、山本校長及び定時制学校長のこのような行為により、筆舌に尽くしがたい精神的苦痛を受けたので、これを慰謝するための慰謝料額は、一〇〇万円を下らない。
5 よって、原告は、被告に対し、本件記載部分の抹消を求めるとともに、国家賠償法一条に基づき慰謝料一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日である平成四年三月一七日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の趣旨第1項に関する被告の本案前の主張
(一) 訴えの利益の不存在
本件文書は、平成三年度の埼玉県公立高等学校入学者選抜の際、受検先の校長に対して障害者の障害の状況をあらかじめ把握させ、学力検査及び入学後の学校生活において適切な措置をとることを可能とさせることを目的として、越谷養護学校長から定時制学校長に提出された文書であるから、平成三年度の入学者選抜が終了した以上、本件文書は、その目的を失い、その性質上すでに廃棄されるべき文書である。したがって、本件文書に記載した事項について、その訂正ないし抹消等を求める必要はないのであるから、原告には、本件文書の記載の抹消を求める利益はない。
(二) 被告適格の不存在
本件文書は、現在、定時制学校長によって所持管理されているものであるから、被告には、本件文書の記載を訂正・抹消する権限はない。よって、本件訴えは、被告適格を欠くので、却下されるべきである。
三 請求原因に対する認否
1 請求原因1及び2の各事実は、認める。
2(一) 同3(一)は、争う。
公の文書に事実と異なることが記載されているとしても、その記載を訂正、抹消する具体的な方法がない場合は、その訂正、抹消を求める権利はないものと考える。
(二) 同3(二)(1)は、認める。
(三) 同3(二)(2)は、否認する。
「療育手帳 みどりの手帳(精神薄弱)」以外の記載は、虚偽もしくは誤解を招くことが明らかな評価を記載しているものではない。
本件文書には、原告の学力検査の際、受検先の学校で配慮してほしい具体的な措置、また原告が高等学校に入学した場合に学校で留意してほしい事項及びこれらに関係する原告の障害の状況等に関すること等について、わかりやすく具体的に記述しているものであって、原告が主張するように障害をことさら強調しているものではなく、また、特別選考の実施上無関係な事項を記載しているものではない。
(四) 同3(三)のうち、憲法二六条が、すべての国民に能力に応じて等しく教育を受ける権利を保障し、これを受けて教育基本法三条一項も、すべての国民は等しくその能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないと定めていること、障害を有する者であっても、国民として社会生活上あらゆる場面で一人の人格の主体として尊重され、健常者と同様、学習し発達する権利が保障されているものであること、事前協議が、障害者の教育を受ける権利が侵害されないようにすることをも目的として規定されたものであることは、認め、その余は、否認する。
(五) 同3(四)は、争う。
3(一) 同4(一)及び(二)は、否認する。
(二) 同4(三)は、争う。
本件文書は一般に公開される性質の文書ではないので、原告の権利や利益を侵害するものではない。したがって、慰謝料請求権は認められない。また、本件文書は内部的な文書であり、原告もしくはその他の第三者に対する意思表示ないしは行為として作成された文書ではないから、原告の精神的な利益を侵害するものではない。
(三) 同4(四)のうち、山本校長及び定時制学校長が被告の公務員であることは、認めるが、その余は、争う。
第三 証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
第一 請求の趣旨第1項に関する被告の本案前の主張について
一 訴えの利益の不存在について
被告は、本件文書は、原告の平成三年度の浦和高校定時制の受検の際に提出された文書であり、浦和高校定時制に、原告の障害の状況等を知らせ、原告の受検及び入学後の学校生活に適切な措置をとることができるようにすることを目的として作成されるものであって、平成三年度の本件受検が終了した以上、すでに廃棄されるべき文書であるから、本件記載部分について、その訂正、抹消等を求める必要はないので、原告には、本件記載部分の記載の抹消を求める訴えの利益はない旨主張する。しかしながら、仮に本件文書がすでに廃棄されるべき文書であるとしても、本件文書が、本件訴訟において訂正・抹消請求権の行使の対象とされており、本件口頭弁論終結時において、本件文書が廃棄されずに存在している以上、本件文書の本件各記載部分の抹消を求める訴えの利益は、未だ失われていないというべきである。
よって、この点に関する被告の主張は、理由がない。
二 被告適格の不存在
次に、被告は、本件文書は定時制学校長が所持管理しているものであるから、被告には、本件文書の訂正・抹消の権限がないものであり、本件記載部分の抹消を求める訴えは、被告適格を欠くので、却下されるべきであると主張する。
しかしながら、右訴えは、憲法一三条等に基づいて本件記載部分の抹消を求めるという民事上の給付訴訟である以上、その対象となる相手方当事者は、私法上の権利義務の帰属主体でなければならないところ、定時制学校長は、行政機関の一つにすぎず、私法上の権利義務の帰属主体たりうる資格(権利能力)を有しないから、民事訴訟において当事者能力を有しない。本件文書は、埼玉県立高等学校の入学者選抜に際して、埼玉県の執行機関である埼玉県教育長が発した通知に基づいて作成されたものである(弁論の全趣旨により、これを認める。)ところ、右文書の記載の訂正ないし抹消等の管理は、埼玉県の教育に関する事務に該当するから、本件記載部分の情報抹消ないし訂正の権利義務の帰属主体は、被告埼玉県であるというべきである。
右一、二によれば、被告の本案前の主張は、いずれも理由がない。
第二 原告の情報抹消請求について
一 請求原因1及び2の各事実は、当事者間に争いがない。
二 情報抹消請求の可否
1 前記当事者間に争いのない事実のほか、証拠(甲第二、第一〇、第一五、第一六号証の一、二、第一八ないし第二五号、第二七ないし第三〇号証、乙第一、第三ないし第一一号証、証人山本泰生、同小湊政次の各証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨)によれば、次の事実が認められる。
(一) 原告の生い立ち及び障害の状況
(1) 原告は、昭和四一年七月一八日、父甲田太郎、母花子の長男として出生し、脳性麻痺により両上肢機能障害・移動機能障害を有し、二歳のころから東京都立北療育園において機能訓練を受けていた。原告は、昭和四八年四月、右東京都立北療育園に隣接する東京都立北養護学校小学部に入学し、同校四年生まで右東京都立北療育園から通学していたが、昭和五三年四月、越谷養護学校が開校したことから、同校の小学部五年に転入し、昭和五四年三月一五日、同校小学部を卒業した。その後、原告は、昭和五四年四月一日、同校の中学部に入学し、昭和五七年三月、同校中学部を卒業した。
原告は、当所、歩くこと、補助輪付きの自転車に乗ること、排泄、食事を一人ですることができ、同校小学部へも、埼玉県川口市にある自宅から、同校のスクールバスが来る所まで、親に送り迎えしてもらって通学していた。しかし、原告は、同校中学部一年生のころ、同校内に若竹寮ができたこと、家から同校までスクールバスで一時間半くらいかかること、親が家で仕事をしていたことから毎日の送り迎えが困難であったことなどから、右若竹寮に入寮し、そこから通学するようになった。原告の同校中学部入学当時の障害の状態は、慢性小児麻痺一種二級で、上肢下肢にやや障害、構音障害があるが、つま先立ちで独歩できるという状態であった。原告は、越谷養護学校中学部一年生時、授業日数二三九日のうち一三日欠席し、同校中学部二年生時、授業日数二四〇日のうち一七日欠席し、同校中学部三年生時、授業日数二三二日のうち一七日欠席した。また、原告は、同校中学部在校三年間を通じて、球技クラブに所属し、一年生当時は、歌係、二年生当時は、レクリエーション係、三年生当時は、学級係をしており、進路に関しては、原告は、家の近所の友達は地域の学校に行っているのに、なぜ自分だけ東京や越谷の養護学校へ行かなければならないのかという疑問は持ってはいたが、原告及び原告の保護者である父は、越谷養護学校中学部三年間を通じて原告の同校高等部への進学を希望していた。
(2) 原告は、昭和五七年四月一日、越谷養護学校の高等部に入学した。同校高等部入学時の原告の障害の状態は、脳性麻痺、上下肢にやや障害、構音障害もあり、尖足で不安定だが、独歩できるという状態であった。原告は、同校高等部一年生当時、授業日数二三九日のうち三七日欠席し、同校高等部二年生当時、授業日数八五日のうち一〇日欠席した。進路に関しては、同校高等部一年生当時、原告の保護者である父は、原告に住み込みが可能なところに進むことを希望しており、父が同校の教諭や、川口市役所のケースワーカーと同校高等部を卒業した後に入所できる施設について相談したところ、同校高等部を卒業してから施設に入所するとなると、卒業後、家で三、四年、待機しなければならないこと、来年に新しく重度の身体障害者の授産施設である埼玉県立朝霞向陽園ができるので、越谷養護学校をやめると来年からその施設に入所することができるとの説明を受けた。ついで、原告は、同校高等部二年生当時、担当教師や父から、同校高等部を退学して前記埼玉県立朝霞向陽園に直ぐに入所するよう勧められ、これに応じて昭和五八年一〇月一三日、右高等部を退学した。
(3) 原告は、越谷養護学校高等部を退学後、川口市にある障害者団体「川口とうなすの会」の活動をするなどしていた。「川口とうなすの会」とは、障害のある人も、みんなと一緒に暮らしていく街を作り、障害者も健常者も対等の立場で活動に参加していくことを目的に活動している団体であり、養護学校の生徒や在宅の障害者も、健常者とともに外に出て楽しむ機会を作るために、月に一回、海や山等へ出かけて行ったり、リサイクルショップを開く企画をするなどの活動をしている。原告は、右会の活動をしているうちに、仲間達から施設内での生活と地域における普通の生活の違いや、施設に入ると仕事の内容、自分の自由な時間を持つこと、外出、施設外の社会との交流等が制限されることを聞き、施設へ入所したくない、「川口とうなすの会」を通じて川口市で生きていきたいと考えるに至った。そこで、原告は、右施設に入所したくないこと、「川口とうなすの会」でみんなとともに生きていきたいことを父に打ち明け、施設への入所をやめることについて父を説得したが、父は納得せず、親子の縁を切るか、施設に入所するかと言われた。しかし、原告は、親子の縁を切ってでも施設には入りたくないとの意思を貫き、結局、施設への入所は断り、「川口とうなすの会」の事務所に住み込んで生活することを始めた。しかし、「川口とうなすの会」が始めたリサイクルショップ「すくるど」は、公的な援助を受けることができず、資金繰りも困難となり、一年程で閉店となった。また、原告が右事務所に住み込むようになって一、二年したころ、「川口とうなすの会」が解散したため、原告は、右事務所を出て、アパートを借り、右リサイクルショップで販売していた煎餅を訪問販売することによる収益及び失業保険の受給により生活していた。原告は、平成三年三月一八日当時は、重度障害者職業自立協会越谷店吐夢亭(トムテ)において、広報の仕事をしており、その後の平成三年一一月一日からは、埼玉県障害者市民ネットワークのパート事務員として勤務するとともに、同ネットワークの助力を得て、現在、生活保護を受けながら一人で生活している。埼玉県障害者市民ネットワークとは、埼玉県の障害者の集まりで、障害者の自立生活や、共に生きる地域づくり等をすすめる埼玉県内の連絡組織であり、どの子も地域の公立高校へ入学させようという運動を行ったり、交通問題等障害者が暮らしやすい町づくりをするために埼玉県等にいろいろな要望を出す等の活動をしている団体である。
(4) 原告は、越谷養護学校高等部を中退後、「川口とうなすの会」で活動していたが、そこには電動車椅子があり、電動車椅子を利用すると買物等で思い荷物を持ったり遠出をしたりするときに便利であったことから、原告は、そのころ、移動補助用として電動車椅子を購入した。原告は、一人暮らしをしていることから、身の回りのことは、自分ですることができるが、昭和六〇年ころから、障害者手帳第一級第一種を所持し、平成七年当時は、右手で、一応、文書を書いたり、ワープロを使って文字を書くことはできるものの、左手は、右手で押さえることによってどうにか文字を書くことができる程度で、その他の作業をすることはできず、歩行は困難であることから、家の外で電動車椅子を使用し、家の中では這うか膝をついて移動している。ただ、掴まって立つことは可能で、車椅子での外出中、駅の階段等があるときは、自分は階段の手すりに掴まって歩いて上り下りし、車椅子は、誰かほかの人に運んでもらっている。
(二) 本件受検に至る経緯
原告は、活動範囲を広げるために運転免許を取得したいと考え、漢字を学ぶため、昭和六二年ころ、埼玉県川口市内にある自主夜間中学に通ったことがあったが、その時、原告は「障害があってもなくても、皆と友達と一緒に地域の高校にいけること」を目標にして活動している「どの子も地域の公立高校へ」の運動に出会った。それ以降、原告は、この運動に積極的に関与していたが、知的障害がありながら、普通高等学校への入学を目指して何度も高校受検をしている乙川一太や丙山春子等の存在を知り、次第に、原告も、普通高等学校へ行って友達を作り、地域に密着した人間関係を作っておけば、高等学校を卒業した後も、自分がやってもらえないことをしてもらえたり、一緒にそこで生活していくことができるのではないかと考え、また、原告は、これまで養護学校の様子しか知らなかったため、普通の高等学校の様子等に興味があったことから、高等学校で学びたいと決心するに至った。
そして、原告は、平成三年三月、乙川一太が浦和高校定時制を受検すると聞いて、乙川一太と同じ学校へ行って、友達を作りたいと考え、浦和高校定時制を特別選考枠で受検することを決めた。
定時制の課程における特別選考による募集とは、入学許可者の数が募集人員に満たない場合に、第二次募集に併せて実施されるもので、埼玉県内に住所又は勤務地を有する、同年三月三一日現在、一九歳以上の者で、働きながら学ぼうとする理由が明白な者を対象として、調査書、志願理由書及び面接の結果等を資料として選考するものであり、学力検査は実施されない。
原告は、同月一二日又は同月一三日、電話で越谷養護学校に、浦和高校の定時制の特別選考を受検するので調査書を作成してほしい旨連絡した。
(三) 本件文書の作成に関する制度
ところで、埼玉県では、平成三年度埼玉県公立高等学校入学者選抜について、埼玉県教育委員会教育長名で各中学、高校、盲・ろう・養護学校の校長等あてに、「平成三年度埼玉県公立高等学校入学者選抜について」と題する通知(平成二年一一月三〇日教指二第一七五六号。本件通知)を発し、右通知において、障害のある生徒の埼玉県公立高等学校入学者選抜学力検査出願の際の留意事項及び選抜の際の取扱いについて、障害のある生徒の入学選抜に当たっての基本的な考え方として、障害があることにより、不利益な取扱いをすることがないように留意する旨定めるとともに、出願に当たっての留意事項として、公立高等学校への出願を希望しており、かつ、障害があるため、学力検査の際及び高等学校入学後に配慮を要すると考えられる生徒をもつ中学校長は、事前に学力検査の際特に配慮を要する生徒の障害の状況等の記録を整え、志願先高等学校に出向き、高等学校長にあらかじめその事情を説明することとされ、さらに、中学校長から説明を受けた志願先高等学校長は、中学校長と、必要により本人、保護者、学級担任教諭等も交え、志願先高等学校の教育目標、教育方針等、志願先高等学校の各教科・科目の学習内容、各教科以外の教育活動等、志願先高等学校の施設、設備、教室移動等の学習環境、通学距離、交通機関等、高等学校入学後の取扱いについては、教職員数の関係から、障害のある生徒に対し、学校として身辺介助人を置くことはできないが、必要がある場合には、階段に手すりを付けるなどの施設・設備の面の配慮はできること、学力検査に当たっては、障害の程度や状況に応じて、保健室での受検を認めるなどの配慮はできること、その他必要な事項等について協議を行い、十分に了解を得ることとされていた。
(四) 本件文書の作成
(1) 山本校長は、越谷養護学校の教頭を介して、原告から浦和高校定時制を受検したいので、調査書を書いてほしい旨の電話があったとの連絡を受けたので、本件通知に基づく文書を作成する必要があることから、埼玉県教育委員会に対し、右文書の作成に関する本件通知の内容及び文書の形式や様式、項目の記載方法等を問い質した。これに対し、埼玉県教育委員会は、校長の判断で記載するように指導した。
山本校長は、原告と面識がなかったため、原告からの依頼にかかる調査書の作成及び本件通知による文書を作成するため、同校の教頭を通じて、原告に来校するように連絡した。しかし、原告は、右教頭に対し、格別の理由を示すことなく、行けない旨を返答した。
(2) そこで、山本校長は、本件文書作成のため、朝の教職員の打ち合わせの際、原告のことを知っている先生がいたら話を聞かせてほしい旨依頼したところ、右依頼に応じて、数名の教諭が名乗り出たので、その教諭らから原告に関する事情を聴取し、その他、古くから同校で教諭をしており原告を知る教諭及び同校の寮の教諭等から同校在学中の原告の障害の状況等を聞き取るとともに、原告の越谷養護学校中学部及び同校高等部在学中における生徒指導要録を取り寄せ、右聴取した事項及び右生徒指導要録に基づいて、平成三年三月二〇日、別紙一記載のとおり本件文書を作成した。その後、山本校長は、同校教頭を介して、原告に対し、本件文書に記載してほしいことがないか再度電話連絡したが、その際にも、原告は、右教頭に対し、記載してほしいことは特にない旨返答した。
本件文書の具体的な記載状況は、次のとおりである。
(3) 本件記載部分アの記載について
山本校長は、原告の越谷養護学校高等部生徒指導要録(甲第二五号証。以下「本件高等部指導要録」という。)に基づいて本件記載部分アの記載をしたものであるが、同校高等部では、生徒指導要録の用紙として、備考欄に、不動文字で「身体障害者手帳第 級、第 種、療育手帳(みどりの手帳)( )都道府県第 号、昭和 年 月 日交付」とあらかじめ印刷されている用紙が用いられていたところ、同校高等部三年生当時の原告の担任は、右用紙に、「身体障害者手帳第2級、第1種、療育手帳(みどりの手帳)( )都道府県第40519号、昭和44年6月24日交付」と記載(以下「本件指導要録記載部分」という。)していたため、これを見た山本校長は、原告が、みどりの手帳を所持しているものと誤信し、さらに、山本校長が、同校の養護教諭にみどりの手帳の意味を調べてもらったところ、精神障害者が所持する手帳であることが判明したため、本件文書の本件記載部分アに「療育手帳 みどりの手帳(精神薄弱)」と記載した。
(4) 本件記載部分アの記載について
山本校長は、原告の越谷養護学校中学部生徒指導要録(甲第二三号証。以下「本件中学部指導要録」という。)の一、二年生相当欄に、「脳性麻痺 上肢下肢にやや障害、構音障害もある つま先立ちで不安定ながら独歩できる。」、同要録の三年生相当分に、「脳性まひ 上下肢にやや障害、構音障害もある。尖足で不安定であるが独歩できる。」とそれぞれ記載されていたことから、右記載に基づき、主障害として「脳性麻痺 上下肢障害 構音障害」と記載した。また、その他の本件記載部分ア(ア)、(イ)、(ウ)、(エ)の各項目の記載も、原告の本件中学部指導要録の記載及び同校の教諭から聴取したところに基づいて書いたものであり、そのうち、右(ア)の「よたよた」という表現は、同校教諭から「よたよた歩く」と聞き取ったことを別の適切な言葉で表現することが困難だったため、そのまま記載した。
(5) 本件記載部分イの記載について
山本校長は、本件記載部分イの記載は、越谷養護学校の原告を知る教諭及び寮の教諭から、養護学校として原告に対し行っていた配慮について聞き取りをした結果を記載した。
(6) 本件記載部分ウの記載について
山本校長は、本件記載部分ウの記載は、原告の本件中学部指導要録の記載及び同校の教諭からの聞き取りに基づいて記載したものであるが、そのうち、同の「(隣の人への妨害注意)」の記載は、原告を知る教諭から体が不自由であることを知らされていたので、山本校長としては、狭い場所だと体が不自由であることから隣の人に影響を与えてはいけないと考え、試験が正常に受けることができるように、もし、試験会場において二人で一つの机が使用されるのであれば、原告に対しては、一人で一つの机が使用できるように配慮してほしいとの考えより記載したものであり、同の記載は、体が不自由であることから、トイレやその他何かあったときに、試験を続けることができるような状況を作ったほうがよいのではないかとの配慮から記載したものであり、また、同は、同校の先生から、原告がワープロを使うことを聞いたため、原告の受検する特別選考では、調査書、志願理由書及び面接等から合否が決定され、いわゆる学力検査は科されていないが、山本校長は、本件文書作成当時、特別選考に学力検査がないことについて知らなかったことから、ワープロ使用や試験会場における座席の配置に対する配慮について記載したものである。
(7) 本件記載部分エの記載について
山本校長は、本件記載部分エの記載は、養護学校では、教科ごとに教諭や単元を区別して指導するのではなく、教科統合ないし生活単元という形で、総合的な授業を行う中で教科的なことも指導するという形態をとっており、また、普通中学とでは、履修の内容が異なる部分があり、特に英語は、進行の程度が違い、また、理科は、養護学校では物理や化学は履修していないため、高校の教育において配慮してほしいと考えて記載したものである。
(8) 本件記載部分オの記載について
山本校長は、原告の卒業後の障害の状況について認識していなかったが、越谷養護学校の教諭から、体が成長して体重が増えること、養護学校にいるときには養護訓練、矯正、補強等といわれる手当がされているので、障害の程度の進行は抑えることができていたが、退学後はそのような訓練がされていないこと、及び、電動車椅子に乗ると体を使わなくなるので、機能が退行し、障害の程度が進行するのが一般的であると聞いたことから、「障害の程度が進行していることが考えられる。」と記載した。
(9) 本件記載部分オの記載について
山本校長は、本件文書の本件記載部分アからエまでに記載したこと、越谷養護学校の教諭からの聴取事項、原告の生徒指導要録の記載を総合的に判断して、「総合的に判断すれば、高校での学習生活を成立させることには、相当の困難が考えられる。」と記載した。
(10) 一方、調査書は、越谷養護学校中学部学年主任である岡田教諭が原告の同校在学中の指導要録等に基づいて作成し、山本校長は、作成された調査書に決裁印を押印して、原告方ないし浦和高校定時制に郵送した。
(五) 事前協議
山本校長は、平成三年三月二二日、本件文書を浦和高校定時制に持参し、定時制学校長、教頭、事務室長、教務主任、担当予定教諭、養護教諭と、同校の教育目標、学習内容、施設・設備等の学習環境について協議を行い、また、山本校長による本件文書の内容の説明及びこれに対する定時制学校長からの確認質疑が行われた。山本校長は、本件文書に記載されていることの補足説明として、養護学校と普通高校とでは、設備が大分違っていること、人的にも普通高校では先生の数が少ないこと、養護学校では、手厚く指導していること、トイレについては配慮が必要であること等について話をした。なお、山本校長は、みどりの手帳の意味を同校の養護教諭に尋ねたときに、右養護教諭から渡されたみどりの手帳に関係する資料も右事前協議に持って行った。
(六) 原告の受検の出願と面接
一方、原告は、平成三年三月一八日、原告を支援する者数名とともに、入学願書、勤務証明書及び白紙の志願理由書を持参して、浦和高校定時制に赴き、同校の特別選考出願の受付を行った。志願理由書が白紙であったため、同校教頭が、原告に対し、志願理由書に記入するよう求めたところ、原告及び原告を支援する者から、障害のため字を書くことができないと言われたので、右教頭は、原告が口頭で述べた志願理由を白紙の志願理由書に代筆して、右志願理由書を作成した。右志願理由書記載の志願理由は、「高校へ行っていないので、もっと勉強したいので、志願した。」というものであった。
そして、原告は、同月二五日、浦和高校定時制の特別選考の面接に臨んだ。
なお、「平成三年度埼玉県公立高等学校定時制の課程における特別選定入学者選抜」(甲第一五号証)によれば、特別選定の面接は、その準備として入学願書、志願理由書、調査書(成績証明書)及び勤務証明書の記載内容を検討し、面接の基礎資料を準備し、面接実施計画を作成し、質問事項、質問方法、評定の基準を定め、十分な打合せを行うよう定められ、また面接方法は、個人面接で、質問内容は、学力の測定にかかわること、志願者の身体上の障害、容姿等に関すること、志願者及び保護者の本籍、家族の社会的地位等に関すること、保護者の職業、学歴、収入等に関することを除いて、学校の特色等をふまえて決定するとされ、面接時間は、原則として、志願者一人につき一〇分程度で行われ、志願の理由、学習意欲、勤労意欲及び態度を評定の観点として、面接委員の合議によりA、B、Cの三段階評価を行うこととされていた。そして、調査書(成績証明書)及び志願理由書も、それぞれA、B、Cの三段階評定した上で、右調査書(成績証明書)、志願理由書及び面接の各評定を資料として総合評定としてA、B、Cの三段階評定を行うこととされていた。
原告の浦和高校定時制での面接は、他の生徒の面接待合室は、校舎の二階であったが、原告のそれは校舎の一階で、面接会場も、一階の教室が使用された。また、昇降口、廊下の段差、洋式トイレへのスロープ等が設置された。浦和高校定時制の面接員は、三、四人であり、原告に対し、中学校でどのようなことをしていたのか、志願動機、趣味等の質問をし、さらに毎日通うことができるのかどうか質問したところ、原告は、通うことができる旨返答した。原告は、面接員から、一年間に一回か二回、全校生徒が集まることがあり、そのときには階段を使うことがあるとの説明を受けた。原告の面接は、一〇分程度で終了した。
(七) 原告の不合格
面接終了後、浦和高校定時制の教務は、受検生全員について、調査書、志願理由書及び面接の結果に基づいて合否選抜資料を作成し、これに基づいて職員全員による選考会議がもたれた。なお、右合否選抜資料には事前協議の際の資料は、含まれていなかったが、面接前にされた職員に対する打ち合わせの会議において、同校の教頭は、本件文書を口頭で全文読み上げており、事実上、同校の職員は、事前協議に用いられた資料である本件文書の記載内容を知っていた。平成三年度の選考会議では、原告の面接の評価は「B」であり特別の報告を必要とされていない場合であったが、原告の合否について職員の意見が一致せず、浦和高校定時制で原告を受け入れても、原告が十分にやっていくことができるので合格とすべきだという意見を有する教諭が一名であるのに対し、調査書には教科に対する評価が点数化されていないが、中学校を卒業している以上は、中学校卒業程度の学力があると一応判断できるとしても、なお原告が浦和高校定時制の教育課程を履修するのが非常に困難なのではないか、また、指導教諭の人数が少ないので、校舎の四階にある集会室への移動、体育の授業を体育館ないし外で行う場合の移動等の際、原告に行き届いた指導をすることができるか疑問であるという意見を有する教諭が八名で、八対一で原告を不合格とする意見が多数をしめた。
平成三年一月一四日付けの「平成三年度埼玉県公立高等学校入学者選抜の留意点について(通知)」と題する書面(親教指二第二九号。甲第三〇号証)では、受検者が募集人員を下回るにもかかわらず、不合格者を出すときは、埼玉県教育委員会の教育局指導部指導第二課長との事前協議が開催される旨定められていることから、山本校長は、原告の合否の発表前に埼玉県教育委員会に対し、原告の合否について報告し、右報告に基づき、同委員会において、原告の不合格についての経過及びその理由の合理性について討議されたが、特に異論は出なかった。
原告は、同年三月二七日、定員の範囲内であったが、浦和高校定時制を不合格となった。原告とともに、浦和高校定時制の一般受検枠で受検した乙川一太も不合格であった。
(八) 本件訴えの提起
その後、原告は、情報公開の制度があることを知るに至り、本件文書の公開を求めたが、本件文書のうち公開された文書部分は、本件文書のうち本件記載部分ウのみで、その他の文書部分は、非公開とされた。そこで、原告が、これに対し不服申立をしたところ、さらに本件記載部分ア、イ、エの各記載が公開された。
右公開部分の記載を見た原告は、その記載中に原告の障害の状況について明らかに誤った記載があること、及び、障害者も健常者と同様に地域の学校へ行って友達や人間関係を作る機会を与えられるべきなのに区別、隔離されて、健常者とは異なる扱いを受けるのは問題ではないかと考え、その問題提起も含めて、前記記載部分の抹消等を求めて平成四年二月四日、当庁に本件訴えを提起した。その後、裁判の過程で、本件記載部分オの記載が公開された。
(九) 平成四年度の合格
(1) 原告は、平成四年度、乙川一太とともに浦和高校定時制の特別選考を受検することにし、平成四年三月六日、越谷養護学校に、調査書を作成してもらうように依頼し、同月一一日、同校に赴き、平成三年四月に転任してきた小澤正弘越谷養護学校長(以下「小澤校長」という。)及び同校教頭と面接して、原告の受検に際して配慮してほしい事項及び原告の障害の状況等について話し合った。その際、原告は、「学力検査の際特に配慮を要する生徒の障害の状況等の記録について」に記載してもらいたいことを書いたメモを持参した。その後、小澤校長は、原告から聴取した事項並びに原告の本件中学部指導要録及び本件高等部指導要録をもとに、平成四年三月一三日、別紙二記載の事項をその内容とする「学力検査の際特に配慮を要する生徒の障害の状況等の記録について」と題する書面を作成した。
小澤校長は、右同日、右文書を持参して、浦和高校定時制に赴き、翌一四日、同所において、原告、小澤校長、浦和高校定時制の校長、教頭、事務室長、教務主任、担当予定教諭、体育教諭、養護教諭とで協議され、浦和高校定時制の教育目標、学習内容、学校生活を送る上で必要な施設設備等の学習環境及び小澤校長による前記文書の説明及びこれに対する定時制学校長の質疑確認等が行われ、その際、原告からスロープ、エレベーターの設置の要望についての発言がされ、浦和高校定時制のほうからは、障害者用のトイレはないが、洋式トイレが一つあり、そこへ行くためにスロープを付けるとの説明がされた。
(2) 原告は、浦和高校定時制に対し、入学願書、平成四年三月一六日付けの志願理由書及び同月一八日付けの勤務証明書を提出した。右志願理由書の原告の勤務状況欄には、代筆で「パート事務局員として勤務。障害者として生きてきた人生体験を生かし、共に生きる地域社会をめざす活動に積極的な役割を果たしている。」と記載され、特別選考を志願した理由の欄には、「僕は、養護学校でした。学校にいったころは勉強の方はきらいだったのであんまりやっていませんでした。高等部を中退してから一人暮らしをやってきって、こまったことは新聞とか広告を読むことができないので字とかいろんなことを覚えたい。さらにいろんな人との関係を作りながら地域の学校生活をやっていきたい。」とワープロで作成された書面が貼付されていた。
(3) 原告は、平成四年三月一九日、浦和高校定時制の特別選考に出願し、その後、面接を受けたが、同校の校舎内において、昇降口、廊下の段差、洋式トイレにはスロープが取り付けられ、面接会場は、他の教諭等が全員いる職員室で行われた。これは、浦和高校定時制の先生から、特別選考を一般の受験生と同じ面接方法でするのではなく、編入学の生徒と同様に、職員全員で面接を実施してはどうかとの提案があったことから平成三年度とは、面接方法が変更されたものである。面接時間は、一〇分程度であり、質問事項は、同年度の受検のときとほぼ同じで、出身中学の確認、志望動機、中学校時代の部活動や係、趣味、通学ができるのかどうか等質問され、これに対し、原告は、同年度の面接時と同様に、通学できる旨返答した。
(4) その後、浦和高校定時制の選考会議において、原告の合否について討議され、意見は一致しなかったが、三対五で、原告を合格とする意見が多数を占め、原告は、浦和高校定時制に合格したが、乙川一太は、不合格となった。
(5) 浦和高校定時制の入学後、同校の教諭らは、原告に親切に接し、原告も、当所は、毎日通っていた。しかし、原告とともに浦和高校定時制を受検した乙川一太が不合格となり、一緒に同校へ行くことができなかったこと、原告以外の生徒が原告より一〇歳程若く、話が合わなかったこと、勉強についていけなくなったことから、次第に登校日数が、一週間に数回程度になり、そのうち、他の生徒達からあまり相手にしてもらえなくなったこともあって、浦和高校定時制へ通いにくくなり、結局、原告は、二年生に進級することができなかった。原告は、平成五年度に、再度、浦和高校定時制を受検した乙川一太が同校を不合格となり、同人と仲間を作っていくことができなくなったことが一番大きな理由であったが、その他、新しい友人ができなかったこと、勉強にもついていけなかったこと、学校へ行こうとすると吐気や頭痛等いわゆる登校拒否の症状も出たこともあって、平成五年四月からは、約五日程度しか同校へ通学しておらず、結局、原告は、平成六年三月、同校に自主退学の申出をし、一度右申出を取り下げたが、その後、浦和高校定時制を退学となった。
2 本件文書の記載の抹消請求について
行政庁の公文書に記載された個人に関する情報が、誤りであって、その程度が社会的相当性を超え、そのため個人が社会的相当性を超えて精神的、経済的に損害を被るおそれのあるときには、その個人は、幸福追求権の一内容である人格権に基づいて、人格的自律を確保するために、当該行政庁に対しその情報の訂正ないし抹消を請求する権利が認められるべきである。
もっとも、いかなる場合に個人情報の訂正ないし抹消請求が認められるかは、個々具体的な場合に即し、当該情報の種類・性質・内容、その情報の誤りの程度・態様・誤りの生じた理由、その情報の誤謬箇所を訂正ないし抹消しないことによって受けるべき当該個人の不利益並びにその誤謬箇所を訂正ないし抹消することによって生じる公共の利益への影響の有無、程度等を総合考量して、判断すべきである。
3 ところで、国民は、各自が一個の人間として、また市民として成長し、発達し、自己の人格を完成、実現するために必要な学習をする固有の権利を有するものであるところ、障害を有する生徒も、国民として社会生活上あらゆる場面で一人の人格の主体として尊重され、障害者がその能力の全面的発達を追求することも憲法の教育を受ける権利のひとつである。そして、本件文書は、埼玉県教育委員会教育長が各中学、高校、盲・ろう・養護学校の校長にあてた「平成三年度埼玉県公立高等学校入学者選抜について」と題する本件通知に基づいて作成されたものであるところ、右通知には、障害のある生徒の入学選抜に当たっての基本的な考え方として、障害があることにより不利益な取扱いをすることがないように留意する旨記載されていることに照らすと、本件文書は、障害者の教育を受ける機会を奪うことのないよう配慮して作成されなければならないことは、当然である。
しかし、受検に際して障害があることにより不利益を受けることのないようにするため学力検査等をするに当たって保健室での受検を認めるなどの配慮をしたり、また、障害を有する者に対する教育は、健常者に比べて自ずから教育設備等教育条件が異なってくるものであり、障害を有する者が健常者と同様に同じ場所で教育を受けるためには、それに関する相応な設備が必要となるから、障害者の受検先の高等学校は、右障害者のために人的物的施設を整備ないし確保しなければならない場合がある。そこで、受検先の高等学校において、その設備としてどの程度のものを準備すればよいのか事前に判断したりするために、障害者の状況を知る必要があるので、本件文書作成にあたっては、受検先高等学校が障害者の受検及び学校生活のための適切な措置をとることが可能となるように障害者の障害の客観的な状況を受検先の高校に事前に知らせることも、必要なことといわざるを得ない。
4 そこで、以上説示した個人情報の訂正ないし抹消の要件並びに本件文書の性質等を踏まえて、本件文書の記載の抹消の可否について判断する。
(一) まず、本件文書のうち本件記載部分アの「療育手帳 みどりの手帳(精神薄弱)」の記載は、山本校長が、本件高等部指導要録に「療育手帳みどりの手帳」と不動文字で記載されていたことから、原告が「みどりの手帳」の交付を受けていると誤信し、右記載をそのまま記載したものであり、しかも、「みどりの手帳」は精神障害者が所持する手帳であることを知ったが、原告が「精神薄弱」であるか否かを調査することなく、「療育手帳 みどりの手帳」との記載に引き続いて「(精神薄弱)」と記載したのであるから、右「療育手帳 みどりの手帳(精神薄弱)」の記載部分は、明らかに事実に反しており、また、右記載部分の表記は相当性もない。
しかし、本件記載部分アの主障害については、原告の越谷養護学校在学中の生徒指導要録の記載に基づいて記載したものであり、また、本件記載部分ア(ア)ないし(エ)の記載については、山本校長が、原告の右生徒指導要録に、「脳性麻痺、上肢下肢にやや障害、構音障害もある つま先立ちで不安定ながら独歩できる。」「脳性麻痺 上下肢にやや障害 構音障害もある。尖足で不安定ながら独歩できる。」と記載されていること、原告は電動車椅子で行動していること、平成三年度に浦和高校定時制の出願の際、字が書けないため、志願理由書を同校の教頭に代筆してもらっていること、原告は排泄は一人でできるものの、原告は足が不自由で、もっぱら電動車椅子で行動していることに照らすと排泄の際には、手すり等の設備ないし体を支える器具等が必要であるとして、本件記載部分ア(ア)ないし(エ)の各記載をしたものであり、右認定した事実に照らすと、山本校長がそのように判断して記載したことは、原告の状況に鑑みて不当な記載であると認めることはできないし、右記載は、関係教諭らから事情を聴取した結果に基づいてされており、これが、明白な虚偽であるとはいえない。また、その表現も、右(ア)の「よたよた」、右(エ)の「やっとできる」との記載部分は、原告の歩行の様子を普段の会話の言い回しのまま記載したというものであり、いずれも著しく不当な記載であるともいえない。
(二) 次に、本件記載部分イのうち、「養護学校生活においては一般的な配慮を行った。」との記載は、平成四年度の受検の際に作成された「学力検査の際特に配慮を要する生徒の障害等の状況の記録について」における記載とほぼ同内容であり、また、「必要に応じて介助を行う。移動を妨げない状況づくりにより転倒を防止した(てすりなど)」との記載部分は、越谷養護学校の教諭から聴取した結果に基づいて記載したものであり、その表現も、下肢が不自由な原告に対して養護学校が行っていた配慮について、ありのまま記載していることに照らせば、著しく不当なものであるということはできない。
(三) 本件文書のうち、本件記載部分ウないし、、同エ、には、原告が、電動車椅子を使用していることから、電動車椅子の置き場所及び段差に対して配慮してほしい旨記載されているが、段差に対する配慮は、平成四年度に作成された「学力検査の際特に配慮を要する生徒の障害等の状況の記録について」においても記載されているところであり、また、本件記載部分ウの記載は、原告の上肢下肢が不自由であることを配慮して「机、椅子は広めのものを」と記載したのであり、これに続く「(隣りの人への妨害注意)」との記載も、表記位置や前後の文章から、これをもって直ちに原告主張のように、原告が隣りの人に妨害をするような人物であり、原告の障害を強調する記載であると認めることは困難であり、同ウとともに、原告の受検が滞りなく行うことができるようにとの配慮から記載したものであると解するのが相当であるし、その記載や表現が著しく不当であると認めることはできない。同ウは、原告を知る越谷養護学校の教諭からの聴取事項に基づいて、原告の手が不自由で、字を書くことが困難であることから、ワープロの使用を申し出ることもあるとして記載したもので、実際、原告は、本件受検の出願の際、浦和高校定時制の教頭に志願理由書を代筆してもらっていることからすると、右記載が明白な虚偽であって、かつ、その表現が原告の障害を強調した不当なものであるとは、認め難い。
本件記載部分エ、及びについては、学校生活を円滑に送るために必要と考えられる事項を記載したものであるが、原告の右手は一応使えるが、本件受検の出願の際、字が書けないとして浦和高校定時制の教頭に願書を代筆してもらっていること、左手は押さえることによって文字を書くことができるものの、それ以外の作業は困難であること、掴まりながらの歩行は可能であるが、移動はほとんど電動車椅子で行っているという原告の障害の程度や状況等に照らして、山本校長が、体育や実験の際に介助が必要であること、トイレや階段では手すり等の補助設備や器具が必要であること、さらに、学校行事等で介助者が必要になる場合もあるとして、右のような記載をしたとしても、これが事実に反し、その表現が著しく不当なものであると認めることはできない。同エも、越谷養護学校での履修教科の種類や内容、履修の程度等の状況から、高校での教科学習を行うに当たっては、相応の配慮が必要であることを記載したものであり、これが事実に反することでなく、また、原告の障害を強調するものでないことは明らかである。
(四) さらに、本件記載部分オについては、前記説示したとおり、一般論として、体が成長して体重が増えると、体を動かすことがより困難になること、養護学校にいるときには養護訓練、強制、補強等といわれる機能訓練がされているので、障害の程度の進行は抑えることができるが、退学後はそのような訓練が継続してされていないこと、電動車椅子を使用すると、体を動かさなくなるので、機能が退行し、結果的に障害の程度がより大きくなることもあり得ることから、原告の障害の程度が進行していると考えられると記載したものであり、実際、原告は、越谷養護学校小学部当時は、車椅子を用いることなく家の近くのスクールバスの乗り場まで親に送り迎えしてもらって、右スクールバスを利用して、埼玉県川口市から同県越谷市まで通学していたほか補助付き自転車にも乗ることができたし、その後の越谷養護学校中学部及び高等部の入学当時においても、不安定ながら独歩できる状態であったのが、「川口とうなすの会」において電動車椅子を使用するようになってから、何かに掴まって歩行するか、這うか膝を立て移動することしかできなくなっていることからすると、右記載が、著しく不当なものであると認めることはできない。
本件文書は、学力検査の際、特に配慮を要する生徒の障害の状況等の記録として作成したものであり、本件記載部分オの記載は、その他必要な事項として、養護学校長としての総合的な判断として、「高校での学習・生活を成立させることは、相当の困難が考えられる。」旨を記載したが、山本校長は、本件文書を作成するに当たって、原告に対し、事情聴取を求めたにもかかわらず、原告の都合でこれに応じなかったし、その後も、何らの連絡をすることもなかったものであり、山本校長は、原告を知る教諭から聴取した事項及び越谷養護学校の生徒指導要録から把握できる原告の障害等の状況をふまえた上で、その旨記載したが、その際、山本校長は、原告が「みどりの手帳」を所持する精神薄弱であるとの誤った認識を有し、特別選考の制度について十分な理解を有していなかったことが認められるが、同オが専ら右の誤った認識等に基づいて記載されたとまでは認められないし、原告の前示障害の程度等に鑑みて、原告については円滑な高校生活が維持されると認めることは困難であるとしたことが、明白な誤りであると認めることはできないから、これが著しく不当な表記であると認めることも困難である。
5 以上のとおりであるから、本件文書のうち、本件記載部分アの「療育手帳 みどりの手帳(精神薄弱)」の記載は、明らかに事実に反した不実な記載であると言わざるを得ない。そして、「みどりの手帳」とは、精神薄弱である者に交付されるものであるところ、精神薄弱であるか否かは、個人の属性として最も重要な事項の一つであり、しかも、山本校長は生徒指導要録の備考欄に不動文字で「みどりの手帳」と記載されていたことから、これが原告の障害についての記載であると誤った上、「療育手帳 みどりの手帳(精神薄弱)」とことさらに記載したものであり、右記載に当たって、原告が精神薄弱であるか否かはもちろん「みどりの手帳」の交付を受けているか否かを全く調査し、確認することなく客観的な事実に反する記載をしたのであるから、本件文書のうち「療育手帳 みどりの手帳(精神薄弱)」の記載部分には、事実の誤りがあるとして抹消されるべきである。これに対して、その余の記載は、前記説示のとおり、明白な虚偽が記載されたものとはいえず、また、本件文書が、志望先高等学校が障害者の受検及び学校生活のために適切な措置をとることが可能となるように障害者の障害の状況を受検先の高校に事前に知らせることを主たる目的とするものであることを考えると、障害者の障害の状況を客観的に記載する必要があると解されるところ、本件文書における右記載部分が原告の障害をことさらに強調した著しく不当なものであると認めることはできない。なお、この点、原告は、山本校長は、原告の浦和高校定時制入学を妨げ、教育を受ける権利を侵害する目的で本件文書を作成したものであるから、本件文書の全体を抹消すべきであると主張するが、前記のとおり山本校長は、本件文書を原告の指導要録及び教諭からの聴取事項に基づいて作成したのであり、その余の本件証拠に照らしても、山本校長が右目的を有して記載したという事実を認めるに足りる証拠はなく、右主張は、採用することができない。
第三 慰謝料請求について
一 山本校長の不法行為
1 原告は、山本校長は、原告が浦和高校定時制の特別選考を受けるに際し、虚偽の事実等を記載し、偏見と誤解に満ちた表現により誤解を招く評価を記載した本件文書を作成したと主張するので、この点について検討する。
前記認定事実によれば、埼玉県教育委員会教育長の「平成三年度埼玉県公立高等学校入学者選抜について」と題する通知(乙第一号証。本件通知)において、障害のある生徒の埼玉県公立高等学校入学者選抜学力検査出願の際の留意事項及び選抜の際の取扱いについて、障害のある生徒の入学選抜に当たっては、障害があることにより、不利益な取扱いをすることがないように留意するとされ、また、出願に当たっての留意事項として、出身中学校長及び盲・ろう・養護学校長は、公立高等学校への出願を希望しており、かつ障害があるため、学力検査の際及び高等学校入学後に配慮を要すると考えられる生徒をもつ中学校長は、事前に「学力検査の際、特に配慮を要する生徒の障害の状況等の記録」を整え、志願先高等学校に出向き、高等学校長にあらかじめその事情を説明するとされ、また、志願先高等学校長は、中学校長と、必要があれば本人、保護者、学級担当等も交えて、志願先高等学校の教育目標、学習内容、施設・設備などの学習環境等について協議を行い、十分に了解を得ることとされていること、山本校長は、本件通知に基づいて、障害の状況の記録、中学校として平常の学校生活において配慮している措置、学力検査に当たって配慮してほしい措置、高等学校の学校生活において留意してほしい事項、その他必要な事項を記載した「学力検査の際特に配慮を要する状況等の記録」(本件文書)を整えたものであり、本件文書を作成するに当たって、山本校長は、前記認定のとおり、越谷養護学校の教頭を介して、原告に対し、本件文書を作成するために事情を聞きたいので越谷養護学校へ来るように電話で連絡したが、原告は、右教頭に対し、時間がないので行けないと返答したこと、そこで、山本校長は、原告に対し、同校教頭を介して、電話で本件文書に記載してほしいことがないか連絡をしたが、原告は、記載してほしいことはない旨返答したため、同校在校当時の原告を知る教諭らから原告の障害の状況等について事情を聴取し、右聴取した事項と原告の本件高等部指導要録(甲第二五号証)の記載に基づいて、本件文書を作成したが、その際、本件高等部指導要録の備考欄に「身体障害者手帳第二級、第一種、療育手帳(みどりの手帳)( )都道府県第四〇五一九号、昭和四四年六月二四日交付」と記載されていたことから、原告が「みどりの手帳」の交付を受けているものと誤信し、その後、右「みどりの手帳」が精神障害者に対して交付されている手帳であることを知ったため、本件文書の本件記載部分アに「身体障害者手帳 二級第一種、療育手帳 みどりの手帳(精神薄弱)」と記載したこと、山本校長は、右「療育手帳 みどりの手帳(精神薄弱)」に関する記載をするに当たって、原告が、真実、「みどりの手帳」の交付を受けているか否か、原告が精神薄弱の状況にあるか否かを何ら調査し、確認しなかったこと、山本校長は、本件文書を原告の志願先高等学校である定時制学校長宛に提出し、同校の学校長らと本件通知に従った事前協議を行い、特別選考を実施するに当たっての配慮等を検討するとともに、同校の教頭は、原告に対する面接を行うに先立って本件文書を読み上げて、教職員にその内容を告知したことが認められる。
右事実に照らすと、本件文書のうち「療育手帳 みどりの手帳(精神薄弱)」に関する記載部分は、原告の精神障害の存否という重大な個人情報であるにもかかわらず、山本校長は、右事実について格別の調査、確認することなく、本件高等部指導要録の記載に基づいて不用意に記載したものであり、本件文書が、埼玉県教育委員会教育長が発した本件通知に基づいて、障害のある生徒の入学選抜における学力検査及び選抜に当たっては、障害があることにより、不利益な取扱いをすることがないように留意するものとして、出身中学校長が志願先高等学校長宛てに提出すべきものであることに鑑みると、本件文書は、浦和高校定時制の受検を希望する原告の障害の状況を正しくとらえ、これを正確に記載する等して、志願先高等学校である浦和高校定時制の学校長宛に提出すべきであるにもかかわらず、山本校長は、前判示のとおり本件高等部指導要録の記載を十分に確認することなく、本件文書に「療育手帳 みどりの手帳(精神薄弱)」と誤った事実を記載したのであるから、右記載が、本件文書作成の趣旨・目的に反することは明らかであり、山本校長の右記載は違法であるといわざるを得ない。このように客観的な事実に反する違法な記載がされたことや、山本校長は、みどりの手帳に関する資料を持参して、浦和高校定時制の学校長との事前協議を行っており、また、本件文書が限られた範囲であるとしても、原告に対する面接を実施するに際して、その内容が告知され、関係者の知るところとなったこと等に照らすと、原告は、名誉や感情を毀損されたと認められる。
ところで、本件文書のうちの「療育手帳 みどりの手帳(精神薄弱)」との記載部分を除くその余の記載部分は、前記説示のとおり、山本校長が、原告を知っている教諭らから事情を聴取するなどして、本件通知の定めるところに従って、本件記載事項である原告の障害の状況、中学校として平常の学校生活において配慮している措置、学力検査に当たって配慮してほしい事項、高等学校の学校生活において留意してほしい事項、その他必要な事項を記載したものであり、これらが事実に反していると認められないし、山本校長が、ことさらに本件通知の趣旨、目的に反した不当な事実を記載し、偏見等に基づいた表記をしたと認めるこどもできないので、本件文書のうちの「療育手帳 みどりの手帳(精神薄弱)」との記載部分を除くその余の記載部分が、違法であるとする原告の主張は、採用することができない。
2 また、原告は、本件文書の作成に当たって、原告からの事情を聴取しなかった等の手続の違背があると主張するが、平成三年度埼玉県公立高等学校入学者選抜において、公立高等学校への出願を希望しており、かつ障害があるため、学力検査の際及び高等学校入学後に配慮を要すると考えられる生徒をもつ中学校長は、「学力検査の際特に配慮を要する生徒の障害状況等の記録」を整え、志願先高等学校に出向いて、あらかじめその事情を説明することが求められているが、右「学力検査の際特に配慮を要する生徒の障害状況等の記録」を作成するに当たって、生徒本人あるいは保護者らから直接事情を聴取すべきことは何ら定められておらず(なお、埼玉県教育委員会委員長が、平成六年一月四日に発した「平成六年度埼玉県公立高等学校入学者選抜について」と題する通知(甲第一六号証の一)では、公立高等学校への出願を希望しており、かつ障害があるため、学力検査の際及び高等学校入学後に配慮を要すると考えられる生徒を持つ中学校長は、「学力検査の際特に配慮を要する生徒の障害の状況等の記録」を整えるが、右「障害の状況の記録」を作成するに当たっては、本人・保護者の要望を十分に聞くこととされた。)、障害の状況を記載する際に、右聴取をするか否かは、当該中学校長の裁量に委ねられていたというべきである。本件において、山本校長は、原告に対して来校を求めたが、原告が、自己の都合で来校するに至らなかったものであり、その後、山本校長は、原告に対し、本件文書に記載してほしいことがないか再度連絡したが、原告は、記載してほしいことはない旨返答したことから、山本校長は、原告を知る教諭らから事情を聴取する等して本件書面を作成したものであるし、前記判示のとおり、本件文書における事実の記載は、いずれも事実に反していると認めることはできないし(本件文書のうち「療育手帳 みどりの手帳(精神薄弱)」との記載部分を除く。)、右表記も著しく不当であると認めることもできないから、山本校長が、手続に違背して本件文書を作成したとか、原告に対する偏見に基づいて、ことさらに誤解を招くことが明らかな表現による評価を記載したと認めることもできない。また、かかる事実を認めるに足りる証拠も存しないので、原告の右主張は、採用することができない。
二 定時制学校長の不法行為
原告は、浦和高校定時制は、本件文書の記載をもとに原告の合否の判定をした結果、原告には障害があり同校への入学は困難であるとして、不合格処分をしたと主張する。
平成三年度埼玉県公立高等学校入学者選抜実施要項によれば、公立高等学校の定時制の特別選考は、調査書、志願理由書及び面接等によって、合否を判定するとされているところ、浦和高校定時制においては、平成三年度入学者選抜に関する選考会議は、面接の実施後、浦和高校定時制の教務が、調査書、志願理由書及び面接の結果に基づいて作成した合否選抜資料に基づいて行われ、原告の合否判定については、原告の入学を許可すべきであるとの意見もあったが、原告に中学校卒業程度の学力があると評価し得るとしても、浦和高校定時制の教育課程を履修するのが困難ではないかという意見や同校の施設・設備、教室移動等の学校環境等に照らして、原告に行き届いた指導をすることができるか否か疑問であるとの意見が多数を占めたことから、不合格との結論に至ったのであり、右選考会議のために作成された合否選抜資料には、山本校長と定時制学校長との事前協議の際の資料は含まれていなかったというのであるから、本件文書に記載された内容や山本校長と定時制「学校長との協議の結果等が、原告の合否判定の際の資料の一つとして供され、本件文書に記載された原告の障害の状況の記録、中学校として平常の学校生活において配慮している措置、学力検査に当たって配慮してほしい事項、高等学校の学校生活において留意してほしい事項、その他必要な事項等の記載によって、原告が不合格になったと認めることは困難であるといわざるを得ない。確かに、原告の浦和高校定時制における面接は「B」という評価を受けていることに鑑みると、原告の障害の態様、程度等が原告の不合格となった理由の背景にあったとうかがえないわけではないが、仮にそうであるとしても、これは、原告を面接した結果に基づいて、浦和高校定時制の施設・設備あるいは学習環境等を総合判断すると、原告に対して行き届いた指導をすることができないとの結論に至った結果であると認められ、本件文書それ自体が原告の不合格処分の原因になったとか、面接に先立って行われた打ち合わせの際に本件書面が読み上げられ、その内容が告知されたことが、選考会議における合否の判定に何らかの影響を及ぼし、右不合格処分の結論に至ったと認めることもできない。また、本件文書のうち「療育手帳 みどりの手帳(精神薄弱)」の記載部分は、前記説示のとおり、事実に反する不当な記載であると認められるが、右選考会議において、原告の精神的な障害の有無あるいは程度等について論議されたという経緯は存しないし、また、原告の不合格となった前記理由に照らしても、本件文書の右記載が、不合格の事由となったと認めることもできない。したがって、原告が主張するように調査書、志願理由書及び面接の結果等に格別の問題がなかったとしても、そのことから、直ちに、定時制学校長が、本件文書のうち「療育手帳 みどりの手帳(精神薄弱)」との記載及び本件文書の原告の障害に関する記載及び右記載からうかがわれる原告の障害の部位、態様及び程度を理由に原告を不合格にしたと認めることはできず、右不合格処分が、著しく合理性を欠き、社会的な相当性を逸脱していると認めることはできないし、原告の右主張を認めるに足りる証拠も存しない。
よって、定時制学校長が行った右不合格処分が、違法であるとする原告の主張は、理由がない。
三 したがって、本件文書に「療育手帳 みどりの手帳(精神薄弱)」という虚偽の事実の記載がされたことに伴う原告の精神的な損害を慰謝するには、本件の諸般の事情を総合すると、二〇万円が相当である。
したがって、被告は、原告に対し、二〇万円及びこれに対する本件不法行為後で、訴状送達の日であることが記録上明らかな平成四年三月一七日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
第四 結論
以上によれば、原告の本件請求は、本件文書のうち「療育手帳 みどりの手帳(精神薄弱)」の記載部分の抹消を請求する部分及び金員請求中二〇万円の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の部分については理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六四条本文、六一条、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官星野雅紀 裁判官小島浩 裁判官檜山麻子)
別紙一・二<省略>